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1994〜95年度 |
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1990年6月13日創立総会時、26名定数ギリギリで発足、内、県内初の女性会員4名と、特異性を持ったことが、他クラブは勿論のこと、マスコミ関係にも取り沙汰されたものでした。 初年度郡山で行われた地区年次大会では九里ガバナー挨拶の中でも当クラブの女性会員参入が挿話に入り、他クラブへも啓蒙を呼び掛けられ、又、門馬地区幹事からは特名で立たされ、満場の中でライト・スポットをあてられ身の縮む思いがしたものでした。 それから時が経て私が5代目会長をお受けした経緯を申し上げたいと思いますが、あれは1993.10月相馬で行われた地区年次大会の折、多田、熊坂両氏、他クラブの方と私(運転手)の4名で街へ夕食をとりに行く車中で、突然多田初代会長が 「井場さん、貴女5周年の時の会長やりなさい。」 「とんでもない、何おっしゃるんですか。」 「大丈夫だよ。俺と熊ちゃん幹事してやっから。ナイ熊ちゃんそれで良いべ。」 それを聞いて私は、初代会長と既に4代目会長に決まっている方が幹事に逆戻り出来るはずも無し、きつい冗談と受け流し、 「ハイ、ハイ、うちのクラブは当初から女性会員を入れ、ユニーク視されているんですから、それも良いでしょうね、漫画みたい。 アハハハ……。」 これでこの話はチョン。のぼせて両側の田んぼに車輪をつっ込むこともなく、平静な安全運転で目的の飲食店に無事到着と相成った次第でした。 それから更に日は流れ、或る日突然斎藤忠直前会長が来社され、昨日の理事会で5代目の会長に決定したので、説得役で私が参りました。是非受けて頂きたいとの要旨でした。 私はびっくり仰天、ただ単に国内初の女性会長という広告塔であるなら、絶村ご辞退致します。と申し上げたのですが、いやそんなことではなく貴女はソロプチミストの会長も経験されているし、現在も法人会の婦人部会長の任にもつかれており、私も諸々方々で貴女のことは聞いている。年令的にも格好だし、是非私の顔も立てて頂きたい。との身に余るご要請に屈服したのでした。 そのようなことで、栄えある5周年式典の行われるこの年度に会長として如何様な運営をすべきか、迷いに迷い抜いたことも確かでした。 その末の結論として、どちらにしても自分は人様をリード出来るような知能、知識等は欠落した人間であれば、気張らず、自分の力の8分目を使い、2分の余裕を以て当たろうと決めたとたんに肩から力が抜け、気楽になったものでした。 今年度のビル・Pハントー国際RI会長は(BE A FRIEND)「友達になろう」をテーマとし、それに伴い田代隆一2530地区ガバナーは「思いやりと感動を!」(LOVE and SYMPATHY)を基本方針と致しましたので、私はクラブテーマを「人間性を考える」(Think over Humanity)と致しました。 個人の時代と言われる昨今でありますが、確かに時代の流れと共に、風俗、風潮、習慣は変貌いたしますが、人間である限り、心の本質は変わらないと思います。 私ども誰しも“豊かさ”に憧れない人はいないでしょう。然しその豊かさとは決して地位でもなく、物質でもなく心の中にこそあるのではないでしょうか。 自分の現在を、より上層と比較して嘆き、失望するのでは無く、下を見てこそ喜びと感謝、希望の心が湧いてくるのだと思います。 そしてその豊かな心は隣人を愛し、地域を愛し、引いては世界の小さな国のどこかで苦悩に喘ぐ人々にも愛の手を差しのべることが出来るのだと思います。 このように先ず自分の心の豊かさを涵養することがロータリアンの基礎ではないだろうか。そして人に、地域に奉仕するロータリアンとして、自分が如何に存在感のある人間であるかを新ためて考える立場にあることを再認識すべきであると思います。 又、共同体であるべき人間社会に、平和なユートピアを理想とするなら、相互の思いやりは必須条件であり、それにはやはり自己の人間性を高めることにあると思います。 哲学的理論と実践行動の間にはギャップがあることも承知はしておりますが、ともあれ、今年度の会長にご推挙頂き、お蔭様で“人間性についてどうあるべきか”を生涯学習科目としてお与え下さいましたことに感謝致しております。 この年度も終わりに近くなりましたが、私は随所に人間的感性を入れた例会を取り入れましたが、これらご受諾下さいました当クラブの皆様方に厚く御礼を申し上げ擱筆いたします。 |
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