会長・幹事挨拶
 会長あいさつ        会長 鈴木 和夫

 3週間ぶりに実家に戻ってきました。2週続けての充実した職場訪問例会であったと思います。小幡会員、小松会員には大変お世話になりました。
 今日は会員事業所の社員さんを招待しての例会です。ようこそおいでくださいました。今月は職業奉仕月間になっています。目的は職業奉仕の理想を日常の中で実践するよう強調するための月間ということです。
 奉仕の理想を端的に表した標語が「超我の奉仕」と「最も奉仕する者、最も報われる」です。これらはロータリーの初期の段階で偉大な先人たちが考え、今に受け継がれています。今日ほど企業の倫理道徳が問われる時代はありません。先ほど「四つのテスト」を唱和しました。この「四つのテスト」について簡単にお話させていただきます。考え出したのはハーバードJ・テーラーです。
 テーラーは1893年アメリカミシガン州に生まれました。軍役を終えた彼は保険、不動産、石油リースの仲介業に成功し、1929年にシカゴRCに入会しました。おりしも世界大恐慌が始まった年だと言われています。やがてその恐慌のあおりで倒産寸前の調理器具製造会社の再建を依頼され1932年に社長に就任しました。これまでの給料の8割減という収入、他に自己資金を6,100ドルも投資しました。
 彼は会社を再建するためには、道徳的、倫理的な指標がどうしても必要だと考えました。経営者と従業員が正しい考え方を持って正しい行動をすれば、会社全体の信用が高まるに違いないと考え、いろいろ悩み考えた末にたどり着いたのが「四つのテスト」です。「四つのテスト」で経営を考え、誇大広告に注意し、常にお客さまのことを考えた経営を行い1937年までに、同社の負債は完済され、その後の15年間では、株主に100万ドル以上の配当金が支払われました。また同社の純資産は200万ドル以上に達しました。
 この話しは理想的過ぎるとか現実離れした話しじゃないかと思われるかもしれませんが本当に実証された実話です。このようにこの「四つのテスト」はビジネスという厳しく、変転きわまりない世界で生まれ、経済界が経験した最も過酷な大恐慌や商業道徳の腐敗の時代を経てきたのです。
 1942年、当時の国際ロータリー理事のリチャード・ベナー氏が、ロータリーもこの「四つのテスト」を取り入れるべきだと提案しました。1943年1月ベナー氏の提案を承認し、職業奉仕プログラムの一つの構成要素となり今日に至っています。我々が現在いちばん必要としているものは倫理的誠実さであると思います。この「四つのテスト」は人々が価値ある目標を追い求める際の指針として活用できます。
 10月はまた米山月間でもあります。9月29日に米山カウンセラー研修会が開かれ桃井会員が出席されました。あとで報告していただきます。そして今日のスピーチは米山奨学生のカク・ホウ君です。どのようなスピーチをしてくれるか大変楽しみです。よろしくお願いいたします。
 国際ロータリー第2530地区2007~2008年度米山カウンセラー研修会報告
        米山奨学生カウンセラー:桃井 輝征

1.日時:2007.9.29(土)     13:30~16:30
2.場所:郡山市市民交流プラザ ビックアイ7F
3.主催者:第2530地区
 牧 公介ガバナー
 米山記念奨学会委員会  加藤 義朋委員長
4.義務出席者: 世話クラブのカウンセラー
 世話クラブを経験していないクラブ代表者 1名
5.研修会内容
1)米山カウンセラーアンケート報告
ア.2002学年度米山カウンセラー
  アンケート報告-川橋委員
イ.2007~2008年度
 米山カウンセラーアンケート報告―加藤委員長
2)講演「元米山奨学生とカウンセラーの人間関 係について」
  郡山安積RC パスト会長 挽野 喜孝様
3 ) 卓話
 「米山カウンセラー経験者の体験と事例報告」
ア. 第2530地区 21世紀委員会委員    (二本松RC) 桑島 利力様
イ. 地区米山記念奨学会推進小委員会委員    (白河RC) 佐藤 演由様
ウ. 会津若松西RC  元会長  安井 登様
 *世話クラブを経験していないクラブがあれば、ぜひ引き受けてください。言葉や生活習慣な
  どの違いでいろいろと苦労もありますが、米山奨学生から学ぶことも多いし国際交流をし
  ていることでクラブ内に活気、充実感がある。  
4 ) 質疑応答・討論
 * 試験問題と選考方法
  試験の問題は数年前までは日本語だけであったが、現在は英語でも行われている。選考基
  準は、優秀な人、コミュニケーション能力(日本語が話せる人)、将来日本との交流の架け橋
  になれる人等であるが、地域間のバランスも考えて選考すべきではないかとの意見も多い。
5 ) 総評
*米山記念奨学会の委員会はいつも和やかな雰囲気でとても良いと思います。
 *奨学生の皆さんがロータリークラブを良く理解し、クラブのメンバーとの交流を通じて日本
  の歴史や文化を学び、将来、日本との架け橋となり、国際交流や親善のために努めていただきたいと願っている。
(感想)当地区での米山カウンセラーの研修会は初めてということで、次年度以降も継続していきたいとのことでした。カウンセラー経験者の体験談や事例報告もあり、有意義な研修会でした。

●米山奨学生 郝 鋒さんスピーチ

 みなさん、こんにちは。米山奨学生に選ばれまして、また、皆さんと話す機会をいただいて、私にとって、身に余る光栄でありますし、深い喜びでもあります。奨学生に選ばれることは、私の勉学と異文化交流などに対する今までの最高の評価ではないでしょうかと考えております。そこで、今回私は勉学と異文化交流の二つの面からスピーチしたいと思います。
 私は2001年4月に来日して、最初千葉県の柏市朝日国際学院で一年間日本語力を磨いて、レベルアップを図ってみました。そして、一年の努力で、日本語一級試験と留学生統一試験(センター試験)を無事に通過して、今の福島大学に入学しました。今年は留学生活が七年目になります。現在経済経営学研究科二年生であり、日々修士論文に悩んでいます。(笑い)
 日本には、「石の上にも三年」という諺があります。この諺は、粘りの強さの重要性を強調するものです。若者なら、誰でも夢を持つでしょう。私が思うのは一つの夢の実現は自分の努力次第で、志を立て、それを目指して粘り強く頑張れば、必ず成功を手に入れることができることです。そして、より高い目標を実現するため、すでに手に入れたものを捨て去る度胸も必要だということです。私の夢は将来一起業家として、自分の会社を立ち上げることです。だからこそ、先進的な経営理念と方法を勉強しようと思いながら、経済大国にやってきました。
 しかし、行き先はすべて甘いことではありません。留学する前に、日本の物価が高いから、言葉があまり通じない私は生活できるのか、また日本の国立大学はいったいどんな仕組みでどうやって入れるかという不安な気持ちを抱えていました。実に、来日してからいろいろな困難を直面して、その中で一番困るのは、生活と勉強が両立できないことです。生活のために、アルバイトをしなければならなくて、そうしたら、大事な勉強時間は少なくなり、仕方なく睡眠時間を削って、深夜まで勉強する日々を送っていました。
 福島大学の合格通知書を受け取ったとき、まず一安心しましたが、しかし、これは決して終わりではないのです。一つの通過点に過ぎません。今までの経験を生かすのはこれからです。志を立てて努力さえすれば、世の中に難しいことはありません。夢が叶う日が必ず訪れることを確信して頑張っていきたいのです。
 次には異文化交流に関して私の考えを話していきたいと思います。日本に来て三ヶ月が経たないうち、私は千葉県の外国人留学生スピーチコンテストに出場し、「漢字の不思議」というテーマで金賞をいただきました。スピーチの内容は私が日本に来たばかりのころ漢字のニュアンスによって起こったエピソードでした。たとえば、皆さんはご存知かもしれません、「手紙」は向こうで「トイレットペーパー」の意味で、最初小説の中に「遠方から恋人の手紙が届いてくれた」のワンフレーズを読んだとき、思わず笑いました。また他に「娘」という日本語は向こうで「お母さん」の意味で、そうなると、「モーニング娘」は「おはよう、お母さん」に変わってしまいました。なんということでしょう。私は日本に来たばかりの時、旅館の暖簾に描かれた「男湯」、「女湯」を見た瞬間にびっくりしました。こんな「スープ」もあるんだ、どんな味だろう。とんでもない笑い話にしました。
 他にもまだたくさんありますが、日中両国はともに漢字を使う国であり、生活習慣も大変似ているところが多いです。他の国と比べ、両国はよりよい友好交流を結ばれるはず、私はそう思います。もちろん、交流の架け橋として、わたしたち留学生は大変期待されているではないでしょうか。日本と母国の二つの文化の架け橋になるため、私は精一杯の努力をしていきたいと思っています。この役割を果たすため、「日本と母国の文化の文化交流の担い手」について考えてみました。今日は日本留学7年間の体験を通して、異文化交流において最も大切なこととして、次の三点は大事ではないでしょうか。ここで皆様と一緒に考えていきたいと思います。
 一番目は、マスメディアの情報を鵜呑みにしないことです。文化交流の架け橋になるには、マスメディアに操られることなく、ちゃんと自分の目で確かめ、正しいことを伝えるべきではないでしょうか。
 二番目は、自分たちの眼鏡の色で相手方の文化を評価しないことです。それぞれの国が持つ文化や価値観を正しく認識し、自分の尺度だけで相手方を測ることをしないことが、異文化の間に存在する「川」を乗り越えるため、それは基本中の基本だと思いませんか。
 三番目は「心と心の交流」で、血の通った交流は最も大切だと思います。文化とは人と人が付き合う中で生まれるものと思います。自分が異なる文化の中に身を置いて「心と心」の交流をすることがその文化の理解に役立つことをこの7年間の生活体験で一番感じました。
 最後には私の現在の研究内容について、皆様に簡単に紹介したいと思います。
 近年、日本経済低迷の下で、経済発展や産業活性化のために、大学と協力が必要ではないかとの考え方のもとに、産学官連携の重要性が指摘され、TLO、大学発ベンチャーなどの産学官連携施策が多く行われています。
 一方で、これら多くの施策にもかかわらず、新事業が創出されているのか、ベンチャーが経営的に成り立っているのかなどの疑問も出始めています。また産学官連携に関する多くの施策、研究、提言についてそれらの間で統一が取れているとはいえません。このような状況下で、私は産学官連携を行う際の効果的、効率的方策およびその際の大学の役割について統一的に理解できる概念の提言を行うつもりです。以上ご清聴ありがとうございます。